『366日 絵画でめぐるファッション史』(パイ インターナショナル)が出ました。 <366日>シリーズの四冊目です。この本では、美術史とファッション史を合わせて語りながら、歴史を彩った人々の物語にも触れたいと思いました。個人が自分を服装で表現するようになったルネサンスからはじめて、バロック(十七世紀)、ロココ(十八世紀)とたどりました。ルネサンスは、<イタリア>、<北方、フランス、ドイツ、スペイン>、<イギリス>と三章にわたり、ルネサンス美術をふんだんにちりばめました。
近代の中心となる十九世紀は、<ロマン主義>、<ヴィクトリア朝>、<第二帝政と印象派>の三章を当てました。
そして「十九世紀末から新しい時代<デカダンスの時代>、<モダン、タイムズ><一九二〇年代を中心に>」で近代をあつかいました。
一九二〇年代までにしたのは、絵画がファッションの表現に大きな役割を果たしてきた時代が終わり、写真という新しいメディアがファッションを伝える主役になってきたからです。一九二〇年代以後のファッション史については、ぜひ、新しい本をつくりたいと思っています。
絵画によってファッション史をたどると、これまでとはまた違った美術史が見えてきます。ルネサンス初期には横顔(プロフィール)が中心の人物画は、しだいに正面を向き、絵を見る私たちと目を合わせるようになり、その内面までのぞかせるようになります。
そして絵の中の人物が着る服装も、身体に合わせて構造化され、細部までくっきりわかるようになります。この本を書きながら、ファッション史の研究がこのところ飛躍的に進んでいるのが感じられました。ファッションは一九七〇年ごろまでは新しいものを追いつづけ、あまり過去をふりかえらなかったのですが、ようやく<歴史>を意識するようになったのです。
ファッションがマイナーアートとして、美術史から差別されていたことも、ファッション史をおくらせていましたが、一九七〇年代からアール・ヌーヴォー・スタイルなどのリバイバルとともに、マイナーアート、装飾美術の再評価がはじまり、ファッション史の研究がはじまり、二十一世紀の今、大きな成果をもたらしました。
この本を書くために、その成果の一部を利用できたことは、とても刺激的でした。なぜなら、ファッション史の成果は、二十一世紀のジェンダーの問題と深く関わっているからです。ファッションを描いた絵画をたどりながら、美術史におけるジェンダーを強く意識させられ、それによって絵を見る面白さが増して行ったように思えました。
私はアール・ヌーヴォーという、美術史ではまだ認められていなかったスタイルから出発しました。美術史よりもファッション史で扱われていたこのスタイルによって、それまでの美術史とはちがう歴史をさがし求めて来たことが、この本を書きながら、あらためてわかったように思えました。ルネサンスからの美術史のさまざまな絵をたどりながら、ファッションという軸を立てると、これまであまり見えなかった画家たちの絵が浮かび上がってきて、とても新鮮でした。ゲインズホロ、ティソ、サージェントなどはこれまでじっくり見て、考える機会がなかったのですが、この本で親しくなれました。
美術とファッションの歴史を、華やかな歴史群像とともに楽しんでいただけたら幸です。
『知られざるアメリカの女性挿絵画家 ヴァージニア・ステレット』(マール社)が出ました。これまでマール社から『カイ・ニールセン』、『エドマンド・デェラック』、『ジェシー・キング』と三冊の挿絵画家の本を出していますが、その四冊目で新しい装丁になりました。
挿絵というのは美術史が二次的にしかあつかわなかった領域でしたが、アルホォンス・ミュシャやオーブリー・ビアズリーなどの再評価によって、ようやく研究されるようになりました。私は『世紀末のイラストレーターたち』で好きな挿絵画家を取り上げましたが、それきり、挿絵について書く機会がありませんでした。マール社の編集者に『カイ・ニールセン』を依頼されたことは、私にとって大きな転機でした。挿絵への興味が甦り、一人の作家についてじっくり調べることができました。
そして、うれしいことに、マール社から四冊目の挿絵画集が出ることになりました。
十九世紀末から一九二〇年代まで豪華な挿絵本の黄金時代でした。しかしその中でも、ヴァージニア・ステレットはあまり知られていません。病弱で、若死にしたため、三冊の挿絵本しか残っていないため、経歴もくわしくわからず、忘れられてしまったのです。
その忘れられた、薄幸の女性画家を編集部が見つけ出し、出版を企画してくれたのです。わたしにとって、とてもうれしい仕事でした。幸いにも、彼女の全作品ともいえる三冊の絵本が、そっくり見つかったので、じっくりと本を作ることができました。
ほとんど知られていない挿絵画家なので、できるだけくわしい解説をつけることにしました。彼女が知られていないのは、アメリカの挿絵画家であり、女性の挿絵画家であるからです。そこでアメリカの挿絵の歴史を書きました。それには一冊の本が必要ですが、ごく簡単に触れました。アメリカの美術は、ヨーロッパの美術を辿りながら、少しずつ自立していきます。しかしヨーロッパの主流から無視されてきました。挿絵となると、さらに美術史の外になってきました。その中でステレットは忘れられてしまいました。
女性であることも画家としてはマイナスです。十九世紀には女性は職業画家として認められず、趣味として描いていました。二十世紀に女性画家が出てきましたが、今でも美術におけるジェンダー差別はつづいているようです。
ステレットの時代の女性の挿絵画家の歴史についても書きました。アメリカの女性画家という二重のハンデの中で描きつづけた彼女の生涯をたどりました。
彼女は『フランスのおとぎ話』、『タングルウット物語』、『アラビアン・ナイト』という三冊の絵本をのこしました。埋もれていた玉手箱を開くと、ロマンティックなファンタジーの世界が開きます。フランスのおとぎ話、ギリシャ神話、アラビアン、ナイトという三つの世界をめぐって下さい。
海野弘ワールドにようこそ。長いこと、さまざまなテーマを書いてきました。自分がどこを歩いているのかわからなくなる時があるほどです。
一つの区切りとして、自分の世界を整理し、その見取り図をつくってみることにしました。そこでは、情報の三つの柱を伝えたいと思います。
一つはこれまでやってきた仕事をたどることです。単行本にまとめられたものを中心に、まだ本に入っていないものについても拾ってみたいと思います。
二つ目は今やっている仕事についてです。新聞や雑誌の連載など書く仕事だけでなく、講演やインタビュー、座談会、そして取材の旅といった仕事についても触れるつもりです。
三つ目はこれからどこに向かうかについてです。決まっているだけではなく、長いこと考えてきて、なかなか実現しない企画や、最近ふと思いついたテーマなど、私の夢についても語りたいと思います。
私の旅してきた世界は私だけのものではなく、多くの先人から贈られたものです。私もまたそれを次の世代に送っていきたいと願っています。そのためにこの小さな窓が役立てばうれしいのですが。
以前に河出書房新社から出した『江戸ふしぎ草子』のシリーズ(全六巻)が今度、平凡社ライブラリーに入ることになりました。秋には第一冊が出る予定です。
このシリーズは朗読会やラジオでの朗読などで読ませてほしいという依頼をよく受けます。私としても愛着のある作品なので、新しい形で出ることになり、楽しみにしています。